自己紹介は名乗れば十分

こんにちは。

この間百均を退職しました。最後の出勤日は、すみっこぐらしの折り紙を欲しがる子供に向かって「すみっこじゃなくてまんなかで暮らせ!」と言っていたおじいちゃんが印象的でした。そういうことちゃうねん。

日本にも出てきたClubhouseって音声チャットのサービスあるじゃないですか。招待をもらったので私もちょっと前に始めてみました。ただ、最初に出てくる「興味がある人をフォローしてみましょう!」みたいな画面で、プロフィールに「〜の専門家」「〜コンサルタント」「〜ディレクター」みたいな肩書きがしっかりある人ばっかりでびびってしばらく開けなくなってしまいました。たぶんそんなのユーザの内の一部なんだけど、「そういう人しかお呼びじゃない(ように見える)世界」が目の前に広がって、ショッキングでした。だって、私には何もないって思っちゃったから。

もう私が何者と呼べるかについてなんて頓着してないつもりだったけど、いざそういう必要性が出てくると急に焦ってしまった。何かの専門にならなくちゃ、何かを継続しなきゃ、何者かにならなくちゃ。そんな呪いから抜け出せていないことに、自分でかなりがっかりした。やってることだけでは人を説明できないって信じてるつもりだった。

カナダにいた頃は「日本人」ってだけでOKだったんだけど、それもなんだか変な話だな。

私の場合、好きなものや気になるものがその時その時でコロコロ変わるので、全てにあまり詳しくない。知識の多さで好き度を測るのはよくないという話があるけれど、知識が少ない人ほどそれを気にしている傾向って無くもないと思う。

slow porkという知りたての単語を使いたかった覚え

これは去年。ポートフォリオ用に詩集の写真を撮ったから、インスタにあげようとしてたんだと思う。このメモによれば、私はなんのスペシャリストでもないけど、興味に従ってなんでもできる、らしい。最近のシフォンケーキブームを考えれば間違ってないかもしれない。2020年だけでも、急にArduino買ってLチカ(LEDライトをチカチカと点灯させるプログラミング遊び)を始めたり、テキストを買って中学数学を復習し始めたり、図書館に通ってまで本を読みまくったり、第二次世界大戦の映画ばっかり観たり、ポケモンの勉強しようとしたり、そんなことがあった。

全部一時的なブームで終了しているので、付け焼き刃的な知識しかない。ただ、そのおかげで軽く話せることはかなり増えたのかもしれないし、そのおかげでいろんな人と話す切り口をちょっとずつ持てたのかもしれない。スペシャリストじゃないけど、人権は欲しい。というかそもそも、自分の勝手な呪いで勝手に人権剥奪してるだけなんだけど。そういう自己暗示、頑張ってちょっとずつ解いていきたい。

ちなみに、百均に入って、ものがぎっしり並んでいる棚に、新しい商品を出せるスペースを捻出するという技術を得ました。というか、コンビニ時代からあった技術に磨きがかかった。これはスペシャリストとして誇れるんだけど、家がゴミ屋敷になったときくらいにしか活かせない気がする。残念すぎ。

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