家出は親との友情を生む

こんにちは。

どうでもいいんですけど、〜←この記号、波ダッシュって読むらしいですよ。〜波ダッシュ、~こっちはチルダ。~チルダ、こっちは〜波ダッシュ。…ってね、はい。

さて、つい最近、寺山修司の『家出のすすめ』を読みました。『花束みたいな恋をした』を観に行った直後に、好きなものを忘れたくない一心で過呼吸気味に何冊か買った内の一冊。笑 もうすぐ実家を出るということもあって選んだものです。この本はエッセイ集で、テーマごとに4つの章に分かれています。第一が家出のすすめ、二は悪徳のすすめ、三は反俗のすすめ、四は自立のすすめ。

家出のすすめの本の写真
ブックカバーを下までかけてから撮りましょうね

この本の中では、家出という言葉は家を飛び出すというより、実家を出るという意味で使われています。家を出たほうがいいよ〜というのをいろんな例え話を使って話してくれます。共感できるところが多いのと、文章のリズムとユーモアが好きでかなり面白く読みました。ただ、読書メーターっていう読書の感想を残すサービスがあるんですが、それを見ると否定的な意見も多かったので、みんな気に入るに違いない!とは言えないことがわかりました。当たり前なんだけど、人の感覚はそれぞれ違うということは忘れてしまいがち。

…で、読みながら、家出したときのことを思い出しました笑

私は今までワーホリ期間を除いてずっと実家に暮らしていますが、大学1回生の冬、約3ヶ月間、家に帰らなかった時期があります。家に誰もいない時間にナイキのでかいスポーツバッグみたいなのに服とか全部詰め込んで、チャリで脱出しました。家を出てから戻るまで、連絡は一切しませんでした。その間は部屋に泊めてもらいながら貯金とバイト代でやりくりしていました。バイトも学校も行っていましたが、連絡だけは永遠に無視していました。

3ヶ月経って家に戻ると、玄関でまず母親に抱きしめられました。同じくらいだと思っていた身長は、実は私の方が少し高くて、普通体型だと思っていた体は、意外と細くて肩が骨張っていました。母親に抱き締められるという経験が久しく無かったことに気づいたのを覚えています。

どうして家出したかと言うと、親と私があまりに合わず、居心地が悪かったからです。それが、家出して以降は話を聞いてもらえるようになり、私も声を荒げずに意見を伝えられるようになりました。お互いに分かり合えないことがあっても、説得し合わないようになり、意見交換以上のことをしなくなりました。

最近は親から職場の悩みを相談されたり、意見を求められたりしています。やっと子供としてではなく、一個人として扱ってもらえるようになったなと思います。個人になれないことは扶養されている限りは当たり前なのかもしれないとずっと思っていたので、そこがめちゃくちゃにコンプレックスだったのですが、人としての線引きがあって、ちょっと友達みたいな関係になれて嬉しいです。寺山修司は親と離れて別の愛情を見つけ、その後で親とは友情を築けばいいと言うのですが、家出はまさに親と友情を築く力があると思います。

家を出ることは親にとっても子供にとっても、お互いを個人として認めるきっかけになるのではと思います。親が子を子だと思うように、子は親を親だと思っていると思うからです。人によって家庭の中の事情が違うので、一概にみんなそうだとは言えませんが、私の場合はそうでした。でも、一人暮らしを始めてから家族関係がよくなったとか、そういう話って時々聞きますよね。経験ある人も多いんじゃないかな。

昔働いていたコンビニのオーナーに「帰る家があるから家出できるんやで」と言われたことがあります。その頃はふーんくらいにしか思わなかったのですが、確かにそれはそうで、出たくなる家がなければそもそも家出ということにはならない。家出したいと思えることが既に恵まれていると言いたかったのかもしれません。まあ、家出した当時はそんなこと微塵も考えられないほど必死だったわけですが。

今はそんなこともあったねハハハレベルです。もう7年も前の話になるなんてまじで信じられない…。正直この本を読むまで自分が家出した事実を完全に忘れていました。次に家を出るときは違う別れになるんだろうな。それこそ家を出る家出。帰ってくる予定のない家出。楽しみです。

親になることがない限り、親子関係において子から見た親の目線しか獲得できないんですよねー。親になるってどんな感じなんだろうか。どんなに頑張って想像しても、自分の子供と3ヶ月連絡とれないのって死ぬほど心配なんだろうなって言うことしかできない。その「死ぬほど」は言葉以上に意味を持たない、実感のない「死ぬほど」なんですよね。

そういえば、こないだ信号待ちしてて、「ここの信号長いね。押しボタンじゃないよね?」って話してたんですが、「うわこれ花束じゃん」ってなってしまいました。映画の中で近いシーンがあるんですよね。日常の些細なところで花束〜を思い出すことが多くて妙に腹立つ。笑

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